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下地島 閑話



~ 下地島&17エンド 365日ウォッチング ~

  (取材・イタリアファイブネットワーク 沖縄臨時支局 / 2019・6・18)


下地島空港17エンド
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沖縄の島々。ある人は八重山が好きで、またある人は沖縄本島から船で行く離島が好み・・・。沖縄旅行を繰り返すとそれぞれにお気に入りの島を見つける。初めて下地島に行ったのは1990年の取材の時。その後も毎年休暇で下地島を訪れていた。2016年、沖縄臨時支局を開設してからは、一年365日のうち、他の取材や出張、下地島を離れている時以外は毎日のように17エンドに行っている。昼食、タバコを吸いに、釣り、PCを持ち出して17エンドに止めた車の中で仕事をすることもあった。短くて2時間、長い時は朝から夕方までいることもあった。2019年3月に車両通行止になってからは行く機会は減ったが、それでも週に1日は17エンドに行く。ヒマですね?との突っ込みもありそうだが、17エンドが好きだからというのがその理由。17エンドの海には不思議な魅力がある。本記事は約30年間、17エンドをはじめとした下地島の観察記。皆様方の何かのお役にたてれば幸いである。



~ 下地島のホタル ~

下地島にはホタルがいる。生息場所は限られているが一年中ホタルを見ることができる。日が暮れて周囲は闇。庭でタバコを吸っていると、前方からグリーンとイエローの中間色のような小さな光がこちらに向かって突進してくる。宮古島の固有種「ミヤコゲンジマドホタル」である。ホタル=水辺というイメージがあるが、宮古島のホタルは陸地に生息する種類らしい。

ホタルは色の判別がつかないのか、違う色だから興味をもって寄ってくるのか、タバコのオレンジの火や携帯電話の画面の白い光にも反応する。メスは動かず、飛び回っているのはオス。光を見つけたオスが「よっしゃ!」と張り切って飛んで来るが、そこにはタバコの火。「なーんだ、人間か」とでも言うようにUターン。その動きを見ているだけでも可愛らしい。ちなみに下地島はゴルフ場の近くの森の中に多数のホタルが生息している。宮古島、伊良部島も生息している場所が多数あり、地元の人に聞けば教えてくれるはずである。







~ かわいそうなツインオッター ~

第一航空のDHC-6-400・ツインオッター。那覇-粟国島に飛んでいたが2015年8月に事故を起こして運行停止に。事故原因はパイロットのミスだった。運行を再開すべく、下地島空港でパイロットの訓練が新たに行われた。教官はカナダ人、実機での訓練は初歩からのスタート、訓練初日からその内容を見ていたが、最初はタキシングのみで離陸しない。延々と空港のタクシーウエイを走り続けていた。翌週は離陸して約65キロ離れた訓練空域での飛行。その後、離着陸の訓練が始まった。







普通のタッチアンドゴーは、タイヤを接地、着陸。滑走したままエンジン出力を上げ、そのまま離陸する。ツインオッターの場合は短距離で離着陸が可能なためタッチアンドゴーではなく、ストップアンドゴーを行う。着陸して滑走路上で完全に停止、停止位置から再び離陸する。連日、訓練空域での訓練とストップアンドゴーが続いた。教官とパイロットの宿泊先は下地島空港近くの"さしばの里"。さしばの里はJAL、ANAが訓練を行っていた頃、教官や訓練生、管制官、整備士などが住んでいた地域。空港からさしばの里へ向かう道路でパイロット姿の男性数人が歩いているのを何度か見かけたことがある。沖縄は車社会。たとえ短い距離でも車を使う。下地島空港からさしばの里までは1.5キロ。短い距離だが炎天下を歩くのはきつい。タクシー代を節約するためか、運動や気分転換のためか、黒くて四角い重そうなフライトバッグ、半袖の白いワイシャツに肩章、炎天下の道を歩くパイロット。頑張っている姿を見ると、自然と感情移入してしまう。早く運航が再開できるよう、彼らが早く飛び立てるようにと応援したい気持ちになった。




さしばの里






機長の訓練、新たな訓練生、雨の日も強風の日も訓練は続いた。2018年、いよいよ運航再開となる。しかし、下地島での訓練中にツインオッターは一度パンクしたのだが、第一航空が、沖縄県や就航していた粟国町に報告しなかったことで不信感が強くなった。粟国町の住民からは「事故を起こした航空会社はこわい」「乗りたくない」などの意見が続出。ツインオッターは信頼性の高い機体。飛行機は自動車と比較するとケタ違いに安全性が高い。しかし、航空機事故はセンセーショナルに報道されるため、危険、怖い、というイメージが強くなってしまう。

離島にとって航空路線は重要だが小さな島への路線は赤字が当たり前。沖縄県の補助金が頼みの綱である。運航を再開すべく努力をした第一航空だったが、沖縄県が出す補助金の金額で合意に至らず。石垣-波照間の路線も計画していたが、補助金がなければ離島路線は運航できない。結局、第一航空は沖縄から撤退することとなった。下地島での訓練には数千万円の費用がかかっていたはず。真夏の炎天下、歩いていたパイロットの姿が今でも目に浮かぶ。あんなにも頑張っていたのに、彼らの落胆ぶりを想像すると悲しくなってくる。







~ 下地島空港での事故 ~

パンクはめずらしいことではないが、過去に下地島空港では大きな事故が二度あった。2002年にANAのB767が滑走路から逸脱、訓練生が軽いケガをしただけで済んだが機体の損傷が激しく全損扱い、下地島空港で解体された。それを遡ること約10年、最初の事故はANAのB737だった。当時、沖縄県下地島空港管理事務所に勤務していたNさんは現場にいて事故を目撃。その時の様子を聞かせてくれた。

1988年5月30日、下地島空港は梅雨空。朝は小雨が降っていたが、訓練が始まる昼前には雨はあがっていた。ANAの教官と訓練生2名は午前11時頃に機体へと向かう。点検の後、11時半頃にB737-200はスポットを離れ、滑走路へと向かった。この日の最初の訓練は離陸滑走中に片方のエンジンが故障したという想定。安全に停止できるスピードを超えているので、片方のエンジン1発だけで離陸するという訓練だった。ランウェイは17、横風強く、約20ノット。B737は17エンドまでは行かずに手前のT4という誘導路からランウェイ17に進入、いったん停止した後、離陸滑走を開始した。離陸決心速度(V1)を超え、教官が風上側の左のエンジンをアイドリング状態に戻した。動いているのは右のエンジンのみとなるので機首は左へと流されていく。訓練生は当て舵などを使い、機体をまっすぐに保って、右のエンジン1発のみで離陸する。しかし、この日は横風がかなり強く、経験の少ない訓練生にとってあまりに厳しい訓練内容だった。訓練生の操作は遅れ、機体はあっという間に滑走路中央から外れていく。教官が代わりに操縦桿を握るが、その時はすでに手遅れだった。

Nさんが勤務していた沖縄県下地島空港管理事務所は管制塔の隣にある。窓からはエプロン、滑走路が見渡せる。この日は滑走路とタクシーウェイの間の芝刈りをする作業員数人の姿もあった。小雨がやみ、陽射しで濡れていたコンクリートはすっかり乾いていた。窓の外を見ると、ちょうどANAのB737が離陸するところだった。滑走路の右から左へ向けてB737が動き始めた。スピードが上がって来た頃だった。バリバリッと何かを擦るような音。その瞬間、機体が向きを変え、Nさんのいる建物に向かってきた。機首がまっすぐにNさんの方を向いていたそうだ。滑走路を逸脱したB737は芝地に突っ込んで行く。芝刈りをしていた作業員たちが全力疾走で逃げていく姿が目に入った。B737は芝生を突っ切ってエプロンへ、そしてNさんのいる建物へと突っ込んでくる。機体の姿は徐々に大きくなってくる。「逃げろー!」と誰かが絶叫、Nさんをはじめ、職員たちは玄関から転げ回るように飛び出した。

ケガ人がいなかったのは幸いだった。教官は建物への衝突を避けるために反射的に操作したのだろう、ANA・B737はエプロンでドリフトするように機体を反転させ、建物に衝突することなく停止した。


1988年5月30日。ANA・737-200




~ 釣れますか? ~

17エンドでは釣り人がいる時は、あまり魚は釣れていない。誰も釣り人がいない時にはけっこうな数の魚がいたりする。観察していてわかったのは、大潮で干潮、晴天で波のない日に魚が多く見られる。ブルーの大きな魚影はイラブチャー。他にも黒の巨大な魚影、大きな魚から逃げる小さな魚の群れがジャンプ。天然の水族館のよう、そんな時に限って釣り人は誰もいない。そして自身も釣り道具を持ってきていなかったりする。







~ きょうは飛行機は来ますか? ~

17エンドに長い時間いると「きょうはタッチアンドゴーの訓練はありますか?」と声をかけられることがある。残念ながら予定はわからず。「わかりません。予想としては・・」とここ数日の訓練時刻の傾向を答えるようにしている。飛行機が飛んでいなくとも17エンドの写真を撮り、5分から10分くらいで帰っていく観光客。自撮りやツーショットがうまく撮れるまで30分から1時間は撮影を続ける女性のグループ。海を見つめて長時間いる男性ひとり、または女性ひとり。カメラを持って17エンドで待ち続ける航空ファン。運良く訓練機が来れば良いのだが、タッチアンドゴーを見ることができるのは、来た人の中の5%くらいかもしれない。タッチアンドゴーを見れないまま帰っていく姿を見ていると、何やら申し訳ない気持ちになってくる。おもてなし、という言葉が観光地の宣伝でよく使われるが、せめて訓練予定を公表してくれればよいのに、と思っている方は多いだろう。




バニラエアの訓練



航空会社が事前に訓練時期を発表して訓練を行う場合は、その日にあわせて航空ファンが多く訪れる。2018年のバニラエアの訓練では、17エンドが賑わっている風景を久しぶりに見た。JAL、ANAが訓練をしていた頃、グランドハンドリングを行う下地島空港施設(SAFCO)がJAL、ANAから情報をもらい、同社が経営する下地島コーラルホテルのフロントで、その日のタッチアンドゴーのスケジュールを公開していた。以前は沖縄県下地島空港管理事務所へ電話で問い合わせると日程を回答してくれた時期もあった。




ANA下地島乗員訓練所の当時のスケジュール表。



今は定期便が飛んでいるので着陸の時刻に待ち構えれば写真を撮ることができる。しかし定期便は着陸してしまうのでシャッターチャンスは一度きり。見たいのはタッチアンドゴー、美しい海を背景に何度も離着陸を繰り返すところに魅力がある。見ようとすれば、17エンドで延々と待っているしか方法はなく、中には1時間、2時間とあてもなく待っている人も稀にいて、本当に気の毒になってくる。

以前に沖縄県に訓練スケジュールを公開してもらえないか問い合わせたことがあった。名古屋のセントレアではANAがタッチアンドゴーを行っているが、セントレアのホームページでは訓練スケジュールがすべて公開されている。それを目当てにセントレアの展望デッキには親子連れや多くの航空ファンが集まっている。過去にはタッチアンドゴーの日程が公開されていた下地島空港。沖縄県下地島空港管理事務所は「訓練スケジュールが変更・中止になった時、それを目的に遠方から見に来た人に対して責任がとれない。もし旅費を返してほしいなどと言われたり、責任を問われると困るので非公開にしている」との回答だった。

現在はターミナルを運営する「みやこ下地島空港」のフェイスブックとインスタグラムでキャセイパシフィック航空の訓練日程を発表するようになり喜ばしい。しかしながら、JTAやRAC、航空局、最も訓練が多い海上保安庁の訓練予定は非公開のままである。





~ RW17への進入 ~

海側で待っていたのに飛行機が来たのは反対からだった、というケースは冬場に多い。飛行機は翼の揚力を得るために向かい風で離着陸を行う。そのため風向きによって使う滑走路が決まる。追い風で離着陸を行うのは非常に稀なケース。しかしながら下地島空港は事情が異なり、追い風で滑走路17を使用することもある。その理由は二つ。一つ目は計器着陸装置(ILS)。以前は滑走路35、滑走路17と両端にILSが設置されていた。これは下地島空港が訓練専用空港だったためで建設当時、滑走路両端にILSが設置されていた空港は成田と下地島だけだった。そのILSの片方が老朽化のために撤去されたのが2018年。ILSは17側だけになった。






17エンドで撮影。RW35から離陸するANA・B747



計器着陸装置を使用する訓練の場合、北風で追い風となっている時でも、ILSでの着陸は滑走路17を使用する。ILSがあるのは17側のみだからである。バニラエア、エアドゥ、ソラシドエアは訓練開始前の教官の慣熟飛行の際、ILSを使用するのが目的で追い風のRW17への進入が数回行われた。両側に設置されていたILSが片方だけになってしまったことで、現在の下地島空港は追い風であっても17側から訓練機が来ることがある。規定内の追い風ならタッチアンドゴーを。規定の風速を超えて危険と判断した時は、着陸はせずにそのまま上昇するか(ゴーアラウンド)、滑走路上を着陸せずに通過する(ローパス)。




RW17、ゴーアラウンドするAIRDO・B737-700



もうひとつの理由は、"撮影向け"。2019年、成田-下地島に就航したジェットスターの初便。当日は北風でRWは35。追い風となるRW17からの進入は本来は行わないが、自社のカメラマンと地元TV局などマスコミ多数が17エンドにスタンバイ。宣伝、また各社への取材向けに17エンドでお決まりのショットを撮ってもらうためである。ジェットスターの規定では、追い風15ノット以下であれば着陸可能、15ノット以上の追い風の場合は着陸が禁止されている。




下地島空港17エンド、お決まりともいえる撮影アングルのひとつ。


これも下地島空港の名物ショット。機体腹部に17エンドの海の色が反射する。



ジェットスター初便の着陸時刻の風は13-16ノット、微妙な状況だった。追い風であっても17側から進入、規定内の追い風ならそのまま着陸。規定を超えた強い追い風ならゴーアラウンドして旋回、反対側の35側から着陸する予定になっていた。初便の場合は航空マニアなど飛行機に乗るのが目的の乗客が多いために、たとえ17側でゴーアラウンドをして35側に着陸しても到着が遅れたと怒る人はなく、乗客にとっても嬉しいサービスに違いない。予定通り、17側からの進入を試みたジェットスター初便。RW17への進入時、風は15ノットを切っていて、そのままRW17に着陸した。

就航後、ジェットスターの定期便の場合、下地島に向かう航路を島の北側からやって来た時、わざわざ南側のRW35に行くには遠回り、ならば距離の近いRW17に着陸したほうが燃料代も安く済む。そんな理由から10ノット以下の追い風であれば、RW17に着陸するケースも多々見られる。









~ 勤務スケジュール ~

国土交通省航空局の飛行検査機、セスナ サイテーションCJ4。不定期だが下地島空港で訓練を行っている。サイテーションのコールサインは「チェックスター」日本全国の空港設備を検査するための機体でセントレアに5機が配備されている。例えば計器着陸装置(ILS)が正常かどうかの検査の場合、風向きに関係なく検査対象の滑走路に進入することがある。着陸せずにローパスするが、進入速度が他の航空機と比較するとズバ抜けて速い。まるで急降下爆撃機のようである。飛行検査をするための訓練も含まれているのだろう。他機と比較して訓練時間も長く、追い風のRW17への進入はハイスピードで迫力がある。




下地島空港で日没後に訓練を行うのは航空局のサイテーションのみ。



下地島空港での訓練は月曜または火曜に来て、金曜または土曜にセントレアに戻る。月曜から金曜まで勤務、土日休みか、と最初は思っていたが、観察していると違うパターンがあった。月曜から金曜まで下地島空港で訓練、途中に一日休みもあるが、午前と午後に分けて連日訓練を行う。土曜にセントレアに帰ると思いきや、九州のいくつかの空港の検査を行う。そして月曜に再び下地島空港に戻り、週末まで訓練。お父さん、2週間も家に帰っていないではないか。かつて日本航空に南回りヨーロッパ線というのがあり、パイロットは3週間近く日本に戻れない勤務スケジュールがあった。「亭主元気で留守がいい」は今の時代も続いているようだ。









~ カミナリは17エンド誘導灯を狙う ~

下地島空港から宮古島の中心部・平良(ひらら)までは約15キロ。それほど離れていない場所にもかかわらず、下地島は雨で宮古島は晴れというケースはめずらしくない。もともと下地島は雨が多い地域で農業に向いており、そのために島全体が農地として使われている。旧伊良部町が下地島にゴルフ場を建設する時、「雨も多く、土壌もいい。豊かな土地なのにゴルフ場なんてもったいない」と反対意見が多くあったそうだ。

梅雨の時期は天気が変わりやすい。天気予報も難しいようで、雨の予報でピーカン、晴れの予報で豪雨、などということもある。17エンドにいる時、突如として黒い雲に覆われ、雨が降り出すというのは何度となくあった。恐ろしいのはカミナリ。17エンドの誘導灯に落雷するのを二度目撃した。雷が鳴り始めたのですぐに17エンドから離れて、対岸の佐和田の浜で雨宿り。東屋でタバコを吸っていた。誘導灯までの距離は約2キロ。雨雲に入ったらしく豪雨となる。そして突如、カメラのフラッシュのようにあたりを真っ白に照らしつつ猛烈な稲妻が走り、17エンドの誘導灯に落ちた。同時に裂けるような高音と重低音が混じった大きな雷鳴。雷の音はこれほど凄いものかと、怖さを超えて感動するくらいの大爆音だった。

深夜に雷が鳴ったことがあった。爆音で窓はガタガタと音をたてて振動し、雷がなるたびに地震のように床が揺れるのには驚いた。例えていえば、東京のカミナリは"大きな犬が10m先の柵の中で吠えている"。怖いことは怖いが、たいしたことでもない。沖縄のカミナリは"体長10mの恐竜が柵から逃げ出し、雄叫びとともに走って来る"というジュラシックパーク状態。ただちに逃げないと危険、17エンドで雷が鳴り出した時は早めに避難していただきたい。










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