カルチャー食苦(ショック)




カルチャー食苦(ショック) {出典: 沖縄キーワードコラムブック まぶい組編 沖縄出版 1989年}

 これは日本本土とは異なる沖縄の食文化の話。

沖縄に観光旅行でやってきた佐藤くん(仮名)。ひとり旅の気軽さから、観光客があまり行かないようなスポットも探検している。沖縄の街のあちらこちらにある食堂。なかなか入りずらく今まで敬遠していたが今日は勇気を出してチャレンジ。ガラガラッ、と店の戸を開ける。客は誰もいない。奥からおばさんが出てきて氷水の入ったピッチャーとコップを持ってきた。 佐藤くんは壁のメニューを見上げる。

壁には木札に白字で書かれたメニューが並んでいる。ゴーヤーチャンプルーなど知っているメニューのほかにも、「黄色いカレー」など、?な料理もある。佐藤くんはメニューを見渡す。思えばこのあいだ行ったファミレスでは「ちゃんぽん」を頼んだら中華丼のようなものが出てきてビックリしたばかりだ。 「野菜炒め 500円」 うん、これだな、野菜炒めなら間違いない。それと、、、「みそ汁 400円」「ライス 100円」 よし、これで完璧だ。全部で1000円か。食堂にしては少し高いな・・・おばさん、野菜炒めとみそ汁とごはんください! 佐藤くんは元気よく注文。しかし食堂のおばさんは驚いたような顔をしてこう聞いてきた。「お兄さん、あとから誰か来るのかい?」 いいえ、誰も来ませんけど・・・と答えた佐藤くん。この後、予想外の展開が佐藤くんを襲う。






変なことを聞くおばさんだな、と思いつつテーブルに置いてあった新聞を佐藤くんは手にとった。奥の厨房でおばさんは料理を作り始めている。新聞を読みつつ、厨房にふと目を向けるとおばさんも不思議そうな顔でチラチラとこちらを見ている。なんだろう、何か沖縄のマナーに反することをしてしまったのか・・・沖縄では今までいろいろなカルチャーショックを体験した。とにかく日本本土と文化が違うことが多い。おばさんはしきりに首をかしげながら料理を作っている。佐藤くんはだんだん不安になってきた・・・

考えごとをしているうちにおばさんが料理を運んできた・・・野菜炒め、どんぶりに入ったごはん、お椀のみそ汁、の3点をテーブルに置いたおばさんは厨房に戻り、すぐにまた何かを運んできた。それは大きなどんぶりに入った豚汁のようなもの、そしてどんぶりに入ったごはん・・・そしてさらにおばさんは大盛りのごはんのどんぶりを持ってきた。山盛りのごはんだけでも3つ並んでいる・・・

ここで食堂のメニューを解説。「野菜炒め」には、ごはんとみそ汁、おしんこがついている。食堂では定食と書いていなくても定食になっているのが普通。「みそ汁」とは大きなどんぶりで提供される具だくさんのスープのこと。味噌は薄味であっさりしている。豚肉、こんにゃく、とうふ、青菜、半熟卵などが入っていて、みそ汁にはゴハンとおしんこが付くのが普通。「ライス」は普通のごはん。しかし沖縄では大きなどんぶりが標準サイズになっているため、その量は普通ではない。佐藤くんはテーブルにところ狭しと並んだ料理を見て唖然とする。。もちろん全部を食べきれるわけもない。佐藤くん、沖縄で遭遇したカルチャー食苦(ショック)であった。






沖縄ではすべてが大盛りサイズ。大盛りなど注文しようものなら目の玉が飛び出るくらいの衝撃(笑撃)を受けることになるので注意が必要である。例えばかつ丼。沖縄のカツ丼はカツの上に野菜炒めが乗っている。以前、知らずにカツ丼を注文した時、山積みになった野菜炒めをなんとか食べ終え、カツも半分程度食べたところで丼ブリの下から2枚目のカツが現れたときには気絶しそうになった。今では本土と同じスタイルのカツ丼も多くなったが一部の食堂では、冗談でしょう?というサイズもある。では宮古島のカツ丼を見てみる。冗談でもなく、この日だけの特別サービスでもない。これが普通のサイズ。ご覧頂きたい。→宮古島市の 宮古食堂のかつ丼

沖縄の大盛り文化。沖縄の人からこんな話を聞いた。近所にフレンチレストランができたのでみんなで行ってきた。「量が少ないからあの店はダメさー」「おなかいっぱいにならないから、もう二度と行かない」 そう。つまりは満腹になることが食の幸福であって味は二の次。お腹がいっぱいになることが最上級の幸せ。地元の飲食店はこれらの要望に長年応えてきた。そのことによって沖縄の大盛り文化が発展していったものと推測される。しかしなぜ大盛りでないと満足感が得られないかという点については不明。米の普及が本土と違っていたためか、戦争による食の苦労からか、はたまたアメリカ統治が影響を及ぼしたのか、各方面の専門家が研究中である・・・と思う。



宮古島、とくみね食堂(2014年閉店)のみそ汁。