こちらは日本航空の乗員宿舎。玄関前には下地島の地図と飛行コースが描かれている。
 



赤い屋根はJAL。青い屋根はANAと色で分けられている。
 


下記のデータは下地島空港で訓練を行ったすべての航空会社のパイロットの数と離着陸回数である。副操縦士昇格訓練、機長昇格訓練、機種移行訓練・・・1990年代が特に多く、1993年にはピークを迎えている。

    離着陸回数/訓練人数
1980年  5162回 / 174人
1981年 13886回 / 382人
1982年 12019回 / 473人
1983年 14900回 / 628人
1984年 24227回 / 634人
1985年 17053回 / 525人


1990年 21095回 / 547人
1991年 22073回 / 712人
1992年 28526回 / 794人
1993年 20233回 / 811人
1994年 22150回 / 719人


2001年  7127回 / 284人
2002年  8756回 / 373人
2003年 11652回 / 452人
2004年 11338回 / 420人
2005年 10074回 / 428人
2006年 13663回 / 565人


訓練関係者の数がピークだった頃には宿泊にHSIも利用。HSIとは「ホテルサウスアイランド」 1階にスーパー、2階にレストランと喫茶店があるホテルサウスアイランドは伊良部島と下地島の入り江に建っている。無線LAN利用可能。
 

リンク
伊良部島・下地島のホテル旅館


「オーシャンハウスinさしば」 は乗員宿舎と同じ敷地の中にある一般向けの宿泊施設。年度ごとの訓練日程はwebサイトで。当日の訓練フライトスケジュールはホテルフロントで知ることができる。当日朝には詳しい訓練時刻がデスクに(写真をクリック)
 




ANAの下地島空港での副操縦士昇格訓練。通常は訓練生のペアが2名×4組、計8名で訓練を行っている。第一段階、第二段階と進んでいき、訓練最終日は試験官によるチェックが行われる。試験に受かれば晴れてラインパイロットとしてデビューすることになる。

訓練は競争ではなくあくまで修練の場。訓練生と教官は訓練の後も夕食をともにしたり下地島での休日を一緒に過ごす。訓練生と教官は家族のような信頼関係に、互いに助け合う同期生の絆も深い。教官は飛行技術以外に人生をも教えている感があるという。訓練生は日々を積み重ねていくにつれ運航乗員としての自覚もはっきりとしたものになり、"安全運航が最重要、安全は自分たちが何としてでも守る"と感じるようになっていく。そしてそれを見守る教官や下地島訓練所のスタッフが"安全運航に少しの揺らぎもない"と感じるくらい訓練生たちの成長は著しい。


ANA下地島訓練所2階のオペレーションルームから見える空港エプロン。



最後の試験。訓練所の建物の中では先に試験を終え合格した訓練生がこれから試験を受ける同期生を見守っている。そして最後の訓練生がチェックを終え戻ってくる。戻ってきたペアも合格したことが知らされると全員が喜びに沸く。彼らにとってやっと辿り着いたゴール、社会人として、そしてこれからの長いパイロット人生のスタート、思い出の地となるのが下地島空港である。
                         (2010.7.18)






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