伊良部島 夜話



その2 牧山


伊良部島でいちばん標高が高い場所は牧山。この牧山には展望台がある。数々ある展望台の中では古くからあるもので海を挟んで宮古島がよく見える。海に向かって切り立った岩場が広がり、渡口の浜など白い砂浜のビーチとは対照的に荒々しい景観が広がっている。

牧山展望台は伊良部大橋を見渡すには良い場所で昼間は観光客の姿が絶えることはない。 今でこそレンタカーを使って伊良部島まで足を延ばす人が増えたが、昔はそれほど多くはなく、牧山展望台も閑散としていた。夕方ともなると観光客は宮古島に帰ってしまうために暗くなってから牧山展望台を訪れる者はいない。


右の台地が牧山。左に見えるのは宮古島。




宮古島で行われるオリオンビアフェストやトライアスロン大会などの大型イベントでは 花火が打ち上げられる。これらの花火を楽しみにしている住民も多い。泊まりがけで宮古島にでかける人もいるが、伊良部島住民にとって意外と穴場なのが牧山展望台。宮古島が見渡せる場所だけあって花火が上がる時は花火見物の特等席になる。

牧山展望台付近はさとうきび畑が広がり、近くに民家はない。佐良浜からは車で10分くらいか。歩いていける距離ではなく、周囲は真っ暗でうっそうとした森の中にあるために夜は少し怖い場所でもある。


牧山展望台からの眺め。




この日、花火見物のために50代のご婦人を中心とした10人ほどで車3台に分乗、牧山展望台に向かった。あたりはすでに暗い。道路を曲がり、展望台へ。道は狭くなっている。展望台のすぐ下の駐車場へとゆっくり車を走らせる。メンバーの中心的人物であるA子さんは伊良部島の佐良浜の出身。島を熟知している。駐車場に着き、みんなで車を降りるとA子さんがひと言、「いちばん乗り!」 牧山展望台への移動手段は車、バイクしかない。駐車場に他の車は1台もない。つまり展望台にはまだ誰も来ていないということだ。花火の開始時間を気にしていたご婦人たちは 料理や飲み物を入れた荷物を車から降ろし、荷物を持ってA子さんが先頭になり、展望台の階段へと向かった。


牧山展望台と駐車場。




その時、A子さんはあることに気がついた。展望台の上で人の話し声が聞こえる。 それはたくさんの人が何か楽しげに騒いでいるような声だった。 「あら、誰かいるのかねぇ」と後ろを歩く友人たちに声をかけた。 友人たちも展望台で騒いでいる話し声を聞き、「いちばん乗りかと思ったのにねぇ」と残念がっている。すでに花火の打ち上がる音がしており、A子さんたちは足早に階段を登って行った。

A子さんは階段を上がりながら気がついた。 車がないのにどうしてたくさんの人が展望台にいるのだろう? そして展望台の上に着いた瞬間、話し声はピタッと止まった。あたりは真っ暗でそこには誰もいない。

後ろから次々とやってきた友人たちはそんなことには気づかず、 展望台のテーブルに料理や飲み物を並べ始めた。 すでに花火は始まっていて、海を挟んで宮古島から打ち上がる花火が夜空を照らしている。

牧山展望台は森の中、そして周囲には何もない場所。展望台の横、展望台の崖下の道路など、周囲に人の集まる場所などない。またどこか遠くから声が聞こえてくるような場所でもない。翌日、A子さんは考えた。あれは、ひょっとして・・・

牧山展望台の下あたりは伊良部島に最初に人が住み着いた地域。西暦1300年頃、日本本土では鎌倉時代にあたる。岩場の洞穴などに住居があったらしい。また牧山展望台の隣にある森には「比屋地御嶽」がある。このヒャーズウタキの祭神はあからともがね(赤良友金)、農業の神様で伊良部島では最も霊験あらたかな御嶽とも言われている。

大昔の住人が花火見物か、それとも神様たちがみんなで花火を見ていたのか。 声の主はわからない・・・



[この話は実話です。
 本文章の一部または全部の無断転載を禁止します]




ヒャーズウタキ(左)、牧山の下、ヤマトブー大岩(右)